平兼盛墓

16 石造五輪塔 平兼盛墓

 
分類/区分 町指定文化財第15号 有形文化財 建造物 石造
所在地 下山口595 平 散策マップ《下山口》8番
所有者等 個人  
指定年月日 昭和45年5月1日 員数 1基
   

大きさ 高さ 125cm
石質 凝灰岩

平兼盛墓と伝えられる五輪塔の説明
(イ) 兼盛の五輪塔は、猪俣小平六及岡部六弥太の墓と伝承される凝灰岩の五輪塔2基と類似の石塔で、その所在も遠くない。
  鎌倉時代のもので、時代の古い頃のものであろ う。平兼盛墓と伝えて供養されているがその根拠は不明である。
 材質がもろくて角の部分が磨滅している。
  全高は125cmあるが、空風輪は球形に続いて20cm、火輪は32cm、水輪は37cm、地輪露出部約30cm、各部共風化して不整形である。
  傍に小形の五輪塔が1基添っている。

(ロ) 五輪塔のある場所は小字名を平(たいら)と呼び、古来附近の伝説では、この石塔を平兼盛の墓と称し、現在でも里人が供養を続けている。
  元、現在地より若干西方に在ったもので、或る時予言者の言で、「梅の木の近くへ移すのが良い」と言う事で、江戸時代(正確な時期不明)に現在地に移したという。
 尚平兼盛は、平安期の廷臣歌人36歌仙の一人で、天元2年8月(979年)駿河守に任ぜられ、正暦元年12月(990年)に没した人である。

所見
(1) 空風輪上下約20cm、横直径は最大の個所で約19cm。不規則に著しく風化し、空輪と風輪の境界もさだかでない。この種の他例に見られる如く、ほぞはない。原型を推測することは困難だが、縦横上から見て、かなり古い様相を示す。
(2) 火輪高さ32cm、一辺約47cm、欠損部多く風化も著しい。稜線は約45度の傾斜で直線に延び、反りはない。軒線も平坦で反りがなく軒厚は約7cmである。
(3) 水輪上下約37cm、最大直径約40cmで、ほぼ中央に在り、不規則に風化はしているが、原形は正しい球形であったことを思わせる。
(4) 地輪1辺約47cm、地上露出部の高さ約30cm、上辺各稜はかなり丸く風化、納骨穴は認められない。

考察
 上記所見(1)(2)(3)(4)により、鎌倉期に道立のものには間違いなく、材質から見ても鎌倉後期以降安山岩製が一般的となるなど、中期以前とは思われるが、確証することは出来ない。
 因にこの附近に下山川が在り、此処より若干上流に猪俣小平六及岡部六弥太の墓と称する類似の石塔2基在り、平兼盛との歴史的関連は今後の課題にゆずるとして、本石塔そのものは鎌倉期のそれもかなり初めに近い時期のものではないかと思う。

参考:葉山の文化財

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