町指定
建造物
43 道標をかねた石塔
どうひょうをかねたせきとう
葉山町には、江戸時代に建てられた道標(道しるべ)を兼ねた石仏が4基ある。
江戸時代の東海道は、箱根を越えて藤沢宿から戸塚程ケ谷と江戸への道は直線コースになっているから、三浦半島は大昔のように、東海道には関係がなくなっているが、三浦半島の江戸時代は、三浦三崎と浦賀が特別繁栄していたし、又近くの鎌倉と武州金沢は昔から有名だから、三浦半島にある道標は、みなこの方向を示していて、わが葉山町の道標も当然これらの町へ関係がある。
文化10年(1813年)に著された加藤山寿著三浦古尋録校訂本220頁には「葉山茶屋有浦賀三崎此処二分路有」とある。又この乙本には「葉山ト云処ヨリ浦賀三崎エノ分レ路アリ」とある由なるも、図を以って示されたのでないから現在では、その個所をつきとめられない。
又文化の頃に「徳本」と言う遊行僧が居たが、この僧は京を出発して箱根を越え鎌倉の光明寺へ来てから、葉山の三ヶ浦を経て浦賀へ行ったと伝えられている。
事実その道筋である堀内の清浄寺と、上山口の新善光寺には徳本書の碑があるから、この事は確かに浦賀道と言えるが、どこで三崎道と分れたかはわからない。
就いては現在ある道標により考察する外はないと思う。現在残されている道標は、次に示すイ)、ロ)、ハ)、ニ)の4ヶ所である。
イ)は三崎街道と浦賀道を案内したもので、庚申塔に標示されていて、堀内324脇町のバス通りにある。
明和9年(1772年)の建立である。
この塔の右側に、この明和9年塔より古いと思われる道標兼の庚申塔が1基あるが、年代が判明しない。
ロ)は浦賀道を案内したもので、地蔵菩薩塔に標示されていて、葉山小学校入口幸福堂前の地蔵堂内にある。
天保2年(1831年)の建立である。
この塔の左側に、元文2年(1737年)塔がある。天保2年より94年も古いが、惜しい事に下部が折れている。
天保2年塔の前身道標である。
ハ)は浦賀道と金沢道を案内したもので、馬頭観音塔に標示してあって、木古庭504伊東氏宅の裏にある。
文政5年(1822年)の建立である。
ニ)は鎌倉道と金沢道を案内したもので、馬頭観音塔に標示されていて、葉桜団地の中央児童遊園地内にある。
明治8年(1875年)の建立である。
以上4基の内イ)の塔は、葉山町指定文化財「脇町の庚申塔」に記してあるので、本項ではロ)、ハ)、ニ)の3基に就き記載した。
尚福島県二本松落合地区には、万葉の道標〔天保6年(1835年)塔〕があって、珍らしがられているが、わが葉山町のは、そのような特別優れたものとは言えないが、何れも三浦半島の主要道路を案内したものであるし、それに庚申塔や地蔵塔、馬頭観音塔を兼ねているから、旅人の安全を祈った仕組みになっている。
江戸時代の幹線道路をかえりみる現存資料として、重要な役割りを持つ石塔であって、葉山町の文化財に指定するだけの意義は充分あると思う。但しこれらの塔は、みな建立当初の場所でない事は、塔の向き方から考えてもわかる事だが、然し附近の情況から看れば、余り遠く移動されたとは思われないので、現位置の近くに在ったものとして差支なさそうである。
ロ) 道標 地蔵菩薩座像
- 所在地
- 堀内1808 牛ヶ谷 散策マップ《堀内》右下、葉山小の近く地蔵マーク
- 所有者等
- 牛ヶ谷戸町内会(牛ヶ谷戸子守地蔵尊会)
- 年代
- 天保2年塔
葉山小学校入口幸福堂前の地蔵堂内にある道標を兼ねた地蔵菩薩塔
天保2年辛卯7月吉日(1831年)塔
- 地蔵菩薩座像 浮彫 その下に道標文字を刻む
- 石質 安山岩
- 尖態 尖頭角柱
- 破損 無し
この天保2年塔の左に、元文2丁巳年9月(1737年)建立の塔がある。この塔にも同じように、道案内が標示されているが、惜しい事に中央で折れている。天保2年塔の前身で94年も古い事を忘れてはならない。左側面には「堀内村施主念仏講中」とある。尚ここの地蔵尊の事を「子守地蔵」と称している。
ハ) 道標 馬頭観音菩薩座像
- 所在地
- 木古庭604 後山 散策マップ《木古庭》8番
- 所有者等
- 木古庭町内会
- 年代
- 文政5年塔
川のそばの伊東友三郎氏宅の真にある道標を兼ね三面八臂の馬頭観音塔
文政5年7月\7日(1822年)塔
観音の中央手合掌。塔に向って右上法輪、中手棒、下手数珠、左上三又剣、中手斧、下手は展げている。
- 馬頭観音菩薩座像 浮彫 台石に道標文字を刻む
- 石質 安山岩
- 形態 平頭角柱
- 観音の顔と向って右側面の一部が缺損している。又馬頭は判明しない。
ニ) 道標 馬頭観音塔
- 所在地
- 長柄1461-154 葉桜中央公園 散策マップ《長柄》3番
- 所有者等
- 葉桜自治会
- 年代
- 明治8年塔
長柄葉桜団地中央児童遊園地内にある道標を兼ねた馬頭観音塔
明治8亥5月吉目(1875年)塔
- 文字塔で中央正面に馬頭観世音と刻み、その両側に道案内の文字を刻んである。
- 石質 伊豆石
- 形態 自然石
- 破損 無し
この馬頭観音塔は、長柄「しいけいし谷戸」の尾根の岐路に在ったものだが、葉桜団地が出来てから現在の所へ移動されたものであるが、附近の住民からの信仰は篤い。
分類/区分 | 町指定文化財第30号 有形文化財 建造物 石造 |
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指定年月日 | 昭和 51年 6月17日 |
員数 | 3基 |